富士宮に暮らす人のライフスタイルインタビュー。第九回目は富士宮市で生まれ東京へ進学、就職後Uターンをしテディベア作家として活動をしている清 祥子さんと珈琲店を営む夫の清 勝紀さんにお話を聞きました。
富士宮市出身/2014年に富士宮市へUターン/
Teddy Bear “LU”主催
富士市出身/2020年に富士宮市へ店舗移転/
赤富士珈琲 店主
プレゼントがきっかけでぬいぐるみ好きに、生まれたのは富士宮です。小さいころはすごくおてんばな子でしたが、幼稚園に入る前の1年間は家でぬいぐるみとずっと遊んでいた記憶があります。1歳か2歳の時、両親がピンクのクマのリュックサックになるぬいぐるみをプレゼントしてくれたのがきっかけで、ぬいぐるみが好きになり、そのぬいぐるみをずっと大事にしていたんです。高校になってもぬいぐるみが大好きで、学校に大きなぬいぐるみを連れて行ってしまうほど。寝る時もベッドにずらっと並べて、起きるとまたテーブルの方に移動したり。もうそばにいて当たり前の存在でしたね。
のめり込んだ中高時代の吹奏楽部、中学に入学して吹奏楽部に入りました。なんとなく入部したので、最初はあまり練習しなかったんです。 そしたら先生にすごく怒られて。でもそれが悔しくてむしろ燃えてしまって、そこからのめり込んでいきました。だんだんと音楽のプロになりたいと思い始め、高校までの6年間はもう部活のために生きていると言えるほどでした。そろそろ将来の夢を考えるときになって、音楽ホールでの練習でミキシング担当の方の姿を見ていたりして、プレイヤーではなく裏方の仕事をしたいなと思い、都会への憧れもあったので東京の音響専門学校に進学することに決めました。
はじめての東京にカルチャーショック、専門学校の場所が新宿だったのですが、自転車でふらっと散歩をしていたら、テレビで見るだけの場所だと思っていた歌舞伎町にすぐに着いてしまって、カルチャーショックを受けました。学校には頑張って通っていたのですが、東京になかなかなじむことができなくて。就職活動では音楽スタジオなどの面接を受けましたが、大卒を優先する会社が多く、結局うまくいかなくて飲食店に短期間勤めたあと、不動産の仕事を2年間していました。その頃にはもうちょっと緑があるところに住みたいなと市街地に引っ越して、東京にもだいぶ慣れてきたのですが、体調を崩したこともあり、23歳になる手前で富士宮に帰ってきました。
初めての誕生日プレゼントがきっかけ、富士宮に戻ってきて、富士宮市民文化会館に当時あったカフェでしばらく働いていたのですが、たまたま主人が文化会館のイベントに出店していました。コーヒー好きだったので、そこからお店に通いはじめて、しばらくして主人とお付き合いするようになりました。私がぬいぐるみ好きだというのをよく理解してくれて、初めての誕生日にはテディベアではなくて、テディベアを作るキットを全部揃えて、プレゼントしてくれたんです。それを2週間ほどかけて完成させたとき、「作家になりたい」という気持ちが芽生えました。そこで、東京在住でテディベア界の大御所と呼ばれる作家さんのところに毎週通うという生活を2年間ほど続けました。先生からゴーサインをいただき、作家デビューをしてから今年で8年になります。