富士宮に暮らす人のライフスタイルインタビュー。第八回目は、東京出身でIT企業勤務を経て起業し、家族と富士宮へ移住した滝田一馬さんにお話を伺いました。
東京都出身/2026年に富士宮市へ移住/
株式会社Soooy 代表取締役
出身は東京の葛飾柴又、親子三代の江戸っ子、東京都の葛飾区柴又の近くで生まれました。親子三代続くいわゆる江戸っ子です。大学卒業後、社会人2年目までは地元で暮らしていました。小さいころはいつもやんちゃをしているような子どもで、友だちと秘密基地を作って遊んだりと絵に描いたような小学生でしたね。その後、勉強をがんばって中学受験をしたんですけど、塾でも友だちがたくさんできて面白く過ごしていました。中高は、生徒の自主性を大切にしてくれる学校だったので、学校がバックアップしてくれたこともあって、当時興味があった環境問題から、地域のゴミ拾い活動とか文化祭でどれだけゴミを減らすことができるかといった活動に力を入れていた思い出があります。
大学は東京農大で里山経済を学びましたが、大学は世田谷にある東京農業大学の林学科という木や森の研究をする学科でしたが、だんだんと地方都市の経済に興味が出てきて、都市と地方がどう関係人口を育んでいくか、どうお金を循環させていくかなどの研究をしていました。卒業後も東京でIT系の企業に就職し、インターネットのインフラ整備の会社で2年間働きました。ただ、インターネットに興味があったというよりも地域の活性化に携わる仕事がしたいという漠然とした思いがあって、まずはITの力を使って環境問題や一次産業の問題を解決できるのか、今の時代だからできる方法を勉強したいなという理由でした。今は、小さな会社ですが、ソフトウェア系のIT会社を経営しており、法人向けのDX支援をしています。
移住のきっかけは自然の中での子育てと、今は妻の実家に近い神奈川県横浜市で暮らしていますが、2026年1月末から富士宮で暮らす予定です。もともと妻とは自然豊かな場所でのびのびと子育てがしたいねと話をしていました。横浜も良いまちなのですが、緑は少ないし、どこへ行っても人が多いから公園の遊具も順番待ちだったりするんです。それに、地域で暮らすことを自分事にするのが以前から憧れでした。都会にいると同じマンションの同じ階に暮らしている人の顔すらわからない。それってとても寂しいことだなって。でも地域に暮らす人と顔見知りになって、その町に愛着が出て、その地域を元気にするためにはどうしたらいいのかなって考えながら過ごす日々はすごく豊かだなと思ったんです。
移住アドバイザーが繋いでくれた人と町、富士宮と出会ったのは柚野にお住まいで移住&住まいアドバイザーをされている中村(史織)さんとインスタグラムで繋がったのが始まりで、富士宮のことをいろいろと教えてくださり、実際に案内していただくことで魅力を感じるようになりました。何回か富士宮まで見学に来たのですが、そのたびにお祭りをやっていて、毎週開催ですか?っていうくらい。皆さんとても明るくて元気なのがすごく印象的で、そこも魅力的でしたね。そのお祭りを通じていろいろな人と移住前から仲良くなれたおかげで、縁もゆかりもない土地に越してくる私たちは本当に安心できる気持ちになれました。